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【朝凪彩月】血液型で人を決めつける文化に、 ずっと感じていたこと

こんにちは。

朝凪彩月(あさなぎ あづき)です。

 

血液型で人を決めつける文化に、

ずっと感じていたこと

 

「何型?」

——日本では、

挨拶のように交わされるこの言葉。

 

そして、その後に続くのは、

「やっぱりね」

「B型っぽいもんね」

「A型だからそうなんだよね」

 

そんな、無意識の決めつけや

レッテル貼りだったりします。

 

血液型は4種類しかないのに、

まるで人間を

その4つの箱に当てはめるような会話が、

ごく自然に交わされている。

 

私は昔から、

その文化にどこか違和感を抱いていました。

 

だって、人間って、

そんなに単純なものなのでしょうか。

 

もっと矛盾していて、

複雑で、

簡単には説明できない。

 

今でもそう感じています。

 

血液型診断が流行っていた頃、

私の周りに、

とても魅力的で

カリスマ性のある友人がいました。

 

彼女もまた、

何度も「何型?」と聞かれていました。

 

でも、その答えはいつも同じでした。

「私、調べたことないのよねー」

 

周りが驚いても、

「えー絶対調べた方がいいよ」と言っても、

彼女は涼しい顔で、

その姿勢を崩しませんでした。

 

今思えば、

彼女は本当に知らなかったのではなく、

「自分という人間を、

たった4種類の型で解釈されたくない」

そんな感覚を持っていたのかもしれません。

 

そして、

「知らない」と言ってしまえば、

会話はそこで終わります。

 

そんなやり取りを何度も見ながら、

「そっか、

そういう距離の取り方もあるんだな」

と感じたのを覚えています。

 

周りに流されず、軽やかにかわしてしまう

そんな彼女の姿勢が、とても素敵でした。

 

私は普段、

紫微斗数や数秘術を通して、

生年月日という動かせないデータから、

その人の宿命や性質を

読み解く仕事をしています。

 

だからこそ、

人間という存在が、

どれほど多層的で複雑なのかを

日々感じています。

 

盤面を開けば、

そこには何万通りもの個性があり、

矛盾があり、美しさがあります。

 

そんな深い世界に触れていると、

4つの分類だけで人を判断し、

ときには

マウントを取るようなコミュニケーションに、

どこか寂しさを感じてしまうのです。

 

人は、本来もっと自由で、

もっと説明しきれない存在だから。

 

「言わない自由」を持つことは、

自分という人間の価値を、

他人の安易な物差しに預けない

ということなのかもしれません。

 

もし、

誰かのレッテル貼りに

窮屈さを感じているなら、

 

彼女のように「知らない」

と言ってしまうのも、一つの選択です。

 

自分を安売りせず、

自分だけの複雑で豊かな個性を

守っていくこと。

 

その姿勢そのものが、

その人の魅力になるのだと思います。

 

 

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